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ペレもフットサルから始めたんだって!! サッカーの世界的英雄ペレ(ブラジル)が「私のサッカーとの出会いは、10歳の時の小さなフィールド・フットボールだった」と言ってるよ。本格的な競技場ではなく、空き地や公園で、体育館の中で、ときには道路や学校の教室で、少人数で遊ぶミニサッカー、それがフットサル。神様ペレではなくとも、きっと誰もが一度はフットサルをしたことがあるよネ。 |
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フットサルの語源は? フットサル=FUTSALはサッカーを表すfutbol(ポルトガル語)と、室内を表すsala(スペイン語)、salao(ポルトガル語)を合わせた言葉なんだ。 「5人制室内サッカー」「サロンフットボール」「ミニサッカー」なんて呼ばれてきたけどFUTSALに今は統一されたんだ。 |
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![]() ’87オーストラリアでの国際大会 (パンパシフィック大会) |
どんどん拡がるフットサル 知ってるかい。サッカー(11人制)の第一回ワールドカップがウルグアイで開かれたのが1930年。サッカーをする人はどんどん増えているんだ。 プレーヤーが増えても場所がない。そこで生まれたのが「サロンフットボール」。同じ'30年、ウルグアイ・モンテビデオのYMCAのメンバーであるジョアン・カルロス・セリアーニがルールを考え、ユース大会で5人制サッカーを考案したんだ。サロンフットボールは手軽な屋内競技として、南米全体へと拡がり、’65年から南米選手権が開催。その後'80、'84年にはパンアメリカンカップが開催され、またスペインやイタリア、チェコ、オランダなどヨーロッパでも盛んに行われるようになり、'61年に世界サロンフットボール連盟(FIFUSA)ができた。 |
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| いよいよ登場日本のFUTSAL 「どうしてヨーロッパや南米と日本のサッカーは技術やレベルが違うのだろう?」'70年代の日本サッカー界が抱えていた疑問への答えが「ミニサッカー」。日本の草野球と同じように、ミニサッカーが盛んな欧州や南米では、そこから子供たちが育ってくるというわけなんだ。日本リーグ参加のために来日したセルジオ越後、アデマール・マリーニョ、ラモス瑠偉、ジョージ与那城らの指摘を受けて、日本のミニサッカーがスタートしたんだ。 ミニサッカーの発展 '73年には「第1回ミニサッカー選手権大会」が開催。日本リーグ全8チームが出場しヤンマーが優勝。'76年には女子大、OLチームによる女子8人制ミニサッカーが始まり、'80年まで大会が続けられた。そのほか伊勢丹のミニサッカー大会、千葉県千倉町の黒潮サッカーフエステバル(ビーチサッカーのはしり)などいろいろな大会が登場。中でも「全国少年総合ミニサッカー大会」('79年〜)は、部門制や各地会場持ち回りなど大規模な大会でした。この大会から小学校5年〜中学3年を対象に、5人制、6人制、8人制の種目別、学年別競技も計画されたんだ。 ぼくも出場した全日本少年ミニサッカー大会 ミニサッカー連盟主催により10年間行われた「全国少年総合ミニサッカー大会」は日本サッカー協会主催の本格的公式大会ヘ発展。 '90年、'91年のプレ全国大会に続いて、'92年から新たに「全日本少年ミニサッカー大会」が誕生しました。第1回大会は24チーム、第2〜3回32チーム、'95年の第4回大会には36チームが参加、'96年には47都道府県すべての代表が出揃ったんだ。 |
![]() ’81国際サロンフットボール大会 (右から順に、セルジオ越後、ラモス瑠璃、 1人おいてカルロスニコトラ) |
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![]() 左から、 第5回大会優勝 天竜FCスポーツ少年団 第7回大会 第7回大会優勝 日新・本輪西ドリームクラブ |
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